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管理人とんびがユーラシア大陸各地を旅したときの記録や世界各地のタイムリーな話題を扱うブログです。

 

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2007年03月05日(月)  00時31分

サラエボ冬季オリンピック

サラエボ

1984年、当時のユーゴスラビア連邦のサラエボで冬季オリンピックが開催された。開会式の様子などがかすかに印象に残っている。
かつて、バルカン半島は、ヨーロッパの火薬庫と呼ばれ、紛争の火種になることがよくあったが、1984年の時点では、ユーゴスラビア連邦は、国内の民族問題を克服した国だといわれていた。

しかし、ソビエト連邦が崩壊した1991年、この年は、ユーゴスラビア連邦にとっても崩壊が始まった年だった。翌1992年、連邦を構成していた諸国のうちいくつかが独立を宣言。連邦を維持しようとするセルビアなどとの対立が深まった。

1992年にはクロアチア紛争とボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が始まった。前者は、独立を宣言したクロアチアに残された少数派のセルビア人とクロアチア人の対立、後者は、独立後、拮抗した力関係にあったムスリム人、クロアチア人、セルビア人の対立に基づいた紛争だった。1995年に、これら2つの紛争は終了したが、戦後もこの地域では別の紛争がおこっている。

紛争が収束した3年後、1998年にこの地域を訪問した。上の画像は、1984年のオリンピックの閉会式の会場の1998年当時の様子。競技の会場でもあったのだが、窓ガラスがなく、ビニールでふさいでいる。こうした様子は、サラエボ市内のいたるところで見られた。

サラエボ

ここは、開会式場。訪問したときは、競技場のスタンドの鉄骨だけがむき出しになっていた。ここは、すでに、鉄骨の解体工事をしている様子が画像にも写っている。

その後、TVの報道で、このスタジアムが新しく生まれ変わったということを知った。いまは、サッカースタジアムになっているようだ。

自分が上の画像を写しているその反対側、つまり撮影者の背後には、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で亡くなった人の墓地ができていた。スタジアムの一部が墓地になったいたわけだ。スタジアムの使用が再開されたとき、これらの墓はどうなったのか気になる。

サラエボ

サラエボ市内には、1998年当時、まだ1984年のオリンピック会場の案内板がわずかに残されていた。

この案内図がつくられたとき、誰が、紛争を予期したであろうか。そして、紛争後に残った。自分がサラエボを訪問して、かろうじて見つけたオリンピックの痕跡がこの案内図だ。今は、もうないだろうな。
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2007年01月31日(水)  02時00分

ポストイナ鍾乳洞

ポストイナ鍾乳洞

スロベニアのリュブリャーナから西へ1時間、ポストイナにある鍾乳洞はヨーロッパで最大規模の鍾乳洞として有名だ。
上の画像は入口。入口付近には大きな駐車場があって、有名観光地であることをうかがえる。

内部は、ガイドに連れられて見学するスタイル。ガイドと合流するところまで2kmほどは、トロッコ列車で移動する。このトロッコ、すごいスピードで移動するので、スリルを味わえる。

数カ国語のガイドがいるが、3、40人のグループに分かれての移動になる。
洞窟内は、年間を通じて8度で、夏に行ったので涼めてよかった。
見学は1時間30分ほど。
ポストイナ鍾乳洞こちらは、入場券。トロッコがなんとか見える。

この日は、リュブリャナに戻った後、こちらもこの国の有名観光地であるブレッド湖に向かった。



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2006年12月08日(金)  06時43分

スロベニアでユーロ導入

先ほどTVで、スロベニアが2007年1月からユーロを導入すると報じていた。
スロベニアは旧ユーゴ諸国のひとつで1998年に訪問している。諸国間の格差や戦争の爪あとなど印象の深い旅だった。
スロベニアは、その旅の当時でも、ほかの旧ユーゴ諸国より西欧諸国と似ていると感じていたので、2005年にEU加盟した旧社会主義諸国のなかで最初にユーロ導入にいたったのは、なるほどと思う。

これで、ユーロ使用国は13カ国になるそうだ。
2005年よりも前のEU加盟国は15カ国で、そのうちユーロを使用していないのは、英国、デンマーク、スウェーデンである。
この3カ国をのぞく以前からのEU加盟国となると、西欧とよばれる国の大部分を含んでいる。(ただし、スイスをのぞく。)
スロベニアがこれらの国と対等になったいう感じで、この地を旅した者としてとても感慨深いニュースだった。
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